第二話

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 英司が嘘でも「出来る」と言えば、芳の存在が一瞬にして目の前から消え去ってしまいそうな気がした。彼はヘラヘラと笑いながら、常に崖っぷちを歩いているみたいだ。 「僕にだって、医者としての矜持がある。僕の前であっさり命を投げ捨てられるなんて、それこそ死んでもお断りだ」  英司の言葉に細い目を見開いた芳が、掴みかかられたまま、ハハッ、と狐のように笑った。 「英ちゃん、いつもそうしてればいいのに。こんな熱い心持ってる機械の医者なんか、居ないでしょ」  穏やかな声で告げられた言葉に、ハッとなって息を呑む。  誰かに掴みかかったことも初めてだったが、芳に言われて初めて気付いた。  ───失くすのは、御免だ。  患者の命は勿論、その生活も、町にたった一つの病院も、そして生まれ育ったこの町も、何一つ。  医者に余計な感情は必要ない。そもそも感情表現が得意でない英司は、きっとこの先も淡々とした機械のように見られるのだろう。  だが、感情を抑えることと、感情を失くすのとでは大きく違う。  例え冷たい機械のように見られても、その内に「失いたくない」という魂さえ宿っていれば、それでいいのではないか。  それを気付かせてくれたのが、自分を苛立たせる天才である狐みたいな謎の男、というのが何とも複雑ではあるのだが。 「……すみません。柄にもないことをしてしまいました」     
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