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掴んでいた胸倉を解放すると、芳は皺になった服もそのままに、ケラケラと可笑しそうに笑った。
「なんでいきなり敬語? 敬語やめてって言ったじゃん。つーかそもそも、英ちゃんて医者の中では若い方だと思うけど、歳いくつ?」
「……二十九」
受け流せば良かったものを、つい律儀に答えてしまった。完全に芳にペースを乱されてしまっていることが、また腹立たしい。
そんな英司の胸中などお構いなしに、芳が「マジか」と何故か嬉しそうに口端をニンマリと持ち上げた。
「じゃあ俺の方が一つオニイサーン。俺、ジャスト三十路!」
「……それで年上……?」
呆れ果てた声と視線を向けた英司に、芳が細い眉を寄せて唇を尖らせる。
「色んな三十才が居るってことでいいじゃん。……取り敢えずさ、英ちゃんに一言お礼、言っときたくて」
「お礼?」
礼を言われるようなことを言った覚えも、した覚えもないのだが。むしろ今朝だって、相当適当にあしらった記憶しかない。
だが、芳は構わずほんの少し上半身を傾けて英司の顔を下から覗き込んできた。
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