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「英ちゃんが役場へ行けって言って、その場所教えてくれなかったら、俺商店街には行ってなかったかも知れないじゃん。そしたら、今日も飯抜きでいい加減バッタリいってたかもだしさ。だから今朝たまたま神社で英ちゃんに会えたのも、ひょっとしたら運命の神様の導きとかだったかもなーと思って」
「僕にとっては大迷惑な運命だよ」
「えー、酷い。俺ホントに感謝してんのに。……ありがとね、英ちゃん。それと、勝手に入ってきて仕事の邪魔して、ゴメン」
突然萎らしく謝られて面喰らう。
「じゃあまたね」と片手を上げて駐車場を出て行こうとする華奢な背中を、英司は咄嗟に「牧野さん」と呼び止めていた。
コロコロと変わる表情や、いまいち本心の読み取れない言動。
三十にもなって地に足がついていないような雰囲気も、英司はやはり好きにはなれない。
だが、一見明るく能天気に見える彼が何かを抱えているのは明らかだったし、聞いてもいないことはペラペラと喋るのに、自身の境遇については頑なに語ろうとしないことが気になった。
それに、どう見ても三十才の男性の平均体重にはおよそ届かないであろう、骨ばった細い身体も、こちらは医者として気に掛かる。
いっそ芳が、ずっとヘラヘラ笑ってばかりいるような本当にどうしようもない男なら、英司もスッパリ切り捨てられただろう。けれどふとした拍子に覗く、危うく脆い芳の一面が、英司の心にチクリと引っ掛かっていた。
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