第二話

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「まだここへ来て二年しか経っていない、独り身の『若先生』が早くも人情味溢れるベテラン医だったら、まだ現役の私の立つ瀬がないだろう。そんなものは、これからいくらでも育めるものだ。大切なことは、お前の医者としての信念を見つけて、それを見失わないようにすること。それが一番なんだよ」  信念、と言われたとき、何故かふと、駐車場で見た別れ際の芳の笑顔が思い浮かんだ。  今朝のような突風が吹けば、その風に攫われて散ってしまいそうな、寂しげな笑顔。  出会ったときは、余りの馴れ馴れしさにいっそそのまま風に乗って立ち去ってくれればいいと思った。なのに、こうも芳の存在が英司の胸から立ち去ってくれないのは、きっと牧野芳という人物のことを、中途半端に知ってしまったからだ。  笑って軽口ばかり叩きながら、生と死の淵をフラフラと歩いているような危うさに、気付いてしまったから───。  きっと芳は、言葉通りまた人気のない神社で、冷えきった空気の中、夜を過ごすのだろう。少しは厚手の上着を貰ったようだったが、それでもこの時期に野宿をするには到底充分とは言えない。  幼い頃から朝日を見るのが楽しみで、英司にとっては一日で最も好きな瞬間だったというのに、そこで万が一芳の凍死体でも発見してしまったら、それこそ洒落にならない。  この町で、おまけに医者である自分の目の前で、死なれるなんて冗談じゃない。  白衣の上で軽く手を握り締めて、英司は正面の父を真っ直ぐに見据えた。     
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