2660人が本棚に入れています
本棚に追加
どれだけ最新の医療機器や薬を使っても、治せないケースは必ずある。ましてや満足な設備が整っていない月村病院では、手を尽くすにも限度がある。
けれどそんな月村病院しか知らない町民たちは、かつては曾祖父を、現在は父を、まるで神のように崇拝している。そしてきっと、いつかは英司がその崇拝の対象になるのだ。
『若先生』という呼び名こそ、その期待の表れのように英司には感じられた。
「僕が跡を継いだ途端評判が下がらないように、精進します」
「またそんなご謙遜を」
声を上げて笑った女性が、その拍子に軽く咳き込む。
「今のところ熱はそう高くないみたいですが、喉風邪は高熱になるケースも多いですし、今はしっかり水分を摂って身体を休めるようにして下さい」
「今日は家事も主人に任せて、ゆっくり寝かせて貰うようにします。月村先生にもよろしくお伝え下さいね」
ペコペコと頭を下げながら診察室を出て行く女性に「お大事に」と告げて、英司はその日最後の患者のカルテを看護師に託すと、長い息を吐いた。
身体を伸ばしながら見上げた天井には、いくつも染みが出来ている。
診察室も病室も、どの部屋の扉も建て付けが悪く、誰かがどこかを出入りするたびに耳障りな音が聞こえてくる。
最初のコメントを投稿しよう!