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「院長───いや、父さん。ちょっと、個人的なことで相談があるんだけど」
すっかり陽が落ち、外灯もない真っ暗な田んぼ沿いの道を、車のヘッドライトがぼんやりと照らす。
油断すればあっという間に脱輪してしまいそうな細い夜道を、英司の運転する軽自動車は慣れた走りで突き抜けていく。
英司は排気量の大きい車の方が好みなのだが、ただでさえ細く入り組んだ道の多いこの町では、小回りの利く軽自動車以外はほとんど役に立たない。
田畑の間を抜けて神社の鳥居の前に車を横付けし、英司はドアをロックすると、暗い石段を上がる。
今日は、昨夜よりも更に気温が低い。朝方にかけて、二月初旬並の冷え込みになるだろうと、車中で聞いていた天気予報が告げていた。しかも、夜間には雨の予報も出ている。
石段を上りきると、一対の狐の像が出迎えてくれる。
石造りな上に少し苔むしたその像は、色こそ本物の狐とは程遠いが、その横顔はやはり芳によく似ている。実は夜はこの姿なのだと言われても、芳のどこか浮世離れした雰囲気を思うと、納得出来るような気がした。
空一面に広がった雲のお陰で月明かりすらなく、神社は一層暗く、不気味なほど静まり返っている。
正面から見る限り、お社に人の姿は見えない。
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