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この先芳がどれだけ逃げ回ろうと、どちらかが死ぬまで、番の関係が途切れることはない。芳が発情したとしても、そのフェロモンに反応するのはパートナーのみ。そして発情した芳を満たせるのもまた、パートナー以外には居ない。
そんなことはわかりきっているのに、何故だろう。
芳の項に刻まれた傷痕が、痛々しく見えるのは。
子供のように丸められた細い身体が、酷く儚く見えるのは。
───この男は、見知らぬαのものなのに。
そう思った瞬間、胸がザワリとざらつくような不快感を覚えた。心のあちこちがささくれ立っていくようなこんな感覚は、これまで感じたことがない。
そもそも他人に対して執着する性質ではないので、こんなにも感情を振り回されたことなど、芳に出会うまでは一度も無かった。
気が合えば適度な友人関係を築く程度で、合わなければ関わらない。学生時代、交際した相手も何人か居たが、元々干渉するのもされるのも好きではない英司は、結局誰とも長続きはしなかったし、申し訳ないがその別れを惜しむこともなかった。
英司のことを「機械じゃない」と、芳は言った。
けれど芳に出会うまでの自分は、恐らく淡々と日々を過ごすだけの機械だった。感情の起伏もなく、やるべきことをこなすだけ。
そんな英司が芳の目には「機械じゃない」と映ったのなら、英司を良くも悪くも『人間』にしたのは、不本意だが芳だ。
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