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芳に出会っていなければ、掴みかかるほどの苛立ちも、この町で医者を続ける道を選んだ理由も、得体の知れない感情も、きっと知ることはなかっただろう。
───どうして、出会ってしまったんだ。
こんな田舎で。
Ωなんて一人も居ないこの町で。
いつもなら誰も居ないはずの早朝の神社で。
視界に入るとどうしても目が行ってしまう傷痕を隠すように、英司は何とはなしに剥き出しの項へそっと掌を宛がった。
その瞬間。
「───っ!」
ビクッ、と大袈裟過ぎるほど全身を大きく跳ねさせて、芳が勢いよく跳ね起きた。
零れそうなほど見開かれた瞳に、尋常じゃなく強張った顔。暗がりでもその顔が青褪めているのがわかって、英司も思わず言葉を失った。
英司の姿を認識したらしい芳が、驚きを誤魔化すように、すぐに薄っぺらい笑みを浮かべた。
「ビックリした~……誰かと思ったじゃん。寝込み襲うとか、英ちゃん思ったよりケダモノだね」
「貴方は相変わらず、そういう物言いしか出来ないのかな」
何となく、触れてはいけない部分に踏み込んでしまった気がして、英司も何でもない体を装って呆れた声を返す。
だが、脳裏には明らかに何かに怯えきっているような芳の顔が、しっかりと焼き付いていた。
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