第三話

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 降り出す前に芳を神社から連れ出せて良かった。気掛かりがあるとすれば、ずっと放置されていたこの小屋が、雨漏りしていないかどうかということだ。それでも、野宿に比べれば濡れずに済むはずだが。  一先ずこれで、芳の安否を気に掛ける必要も無くなった。  時折確認に来る必要はあるだろうが、明日からは英司もまた、いつも通りの日常に戻ればいい。  ───もしも芳が、パートナーの居ないΩだったら、どうなっていただろう。  ふと浮かんだ無意味な疑問を、馬鹿馬鹿しいとばかりにフロントガラスに叩きつける雨が洗い流していく。  そもそも芳に番相手が居なければ、彼はきっとこの町にも来ていないだろうから、英司と芳は一生出会うことすらなかったはずだ。  英司の知らないαに繋がれていたからこそ訪れた、芳との出会い。  どうしてそんな不毛なものに、人生で最も振り回されているのだろう。  得体の知れない、この不快で陰鬱とした気分ごと全て雨が洗い流してくれれば良いのにと思いながら、英司はぬかるんだ山道を駆け抜けた。   ◆◆◆◆  午前の診察を終え、この日も貸し切りの喫煙スペースで英司が食後のコーヒーを飲んでいると、目の前の駐車場に『月村病院』とロゴが入った軽自動車が滑り込んできた。  最奥の定位置に駐車された車から降りてきたのは、今日の往診担当だった姉の英里(えり)だ。 「お疲れ様」     
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