2660人が本棚に入れています
本棚に追加
月村病院で受けた健康診断で偶然異常が見つかり、精密検査こそ県内の大学病院で受けた彼女だったが、知らない病院は不安だと、医療設備の整った大学病院での治療を、彼女は頑なに拒んだ。
父も、市川家の家族も、ここでは満足な治療が出来ないと何度も他院での治療を勧めたのだが、生まれ育ったこの町を離れたくないという意思を貫き通した彼女は、がんが判明した翌年、月村病院で最期を迎えた。
その後、市川鮮魚店は店を閉め、一家はひっそりと町を去った。この町には、それっきり鮮魚店が存在していない。
市川家の娘が亡くなった当時、まだ研修医だった英司には、彼女の気持ちが理解出来なかった。
自分の命を削ってまで、生まれ育った地や、そこに在る古びた病院に拘るのは何故なのか。
彼女の家族はもうこの町から去ってしまったが、願い通り最期の時を月村病院で迎えた彼女は、満足だったのだろうか。
英司も、研修医時代に患者の最期に立ち会ったことは何度もある。
命を扱う医療現場に置いて、生と死は常に隣り合わせだ。病院の規模が大きくなればなるほど、その数もまた比例して多くなる。
満足な治療が行えない病院で、患者の願いを聞き入れて看取った命と、最新の医療機器やオペや投薬など、最善の手を尽くした末に看取った命。
医者としてまだまだ駆け出しの英司には、後者を見届けた経験しかない。
最初のコメントを投稿しよう!