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なのに何故、今もこうして仕事を終えて疲れている中、自宅にも戻らず山道を走っているのだろう。
───何故もなにも、前回訪ねてから今日までの賃金を支払う為だ。
冷静な自分が淡々と告げる。
───そんなものは建前で、本当は彼が今日も小屋に居ることを確かめて、安心したいだけだ。
知らない自分が、ゆっくりと頭を擡げる。
どちらの声に耳を傾けるべきなのかがわからない。
そもそも自分はもっと淡泊な人間だったはずだ。まだ出会って日も浅い上、よく知りもしない相手に執着するような人間じゃない。
芳のヘラヘラと笑う顔を見るたびに、呆れて、安堵して、苛々する。
こんな自分は知らない。知りたくなかったし、知る必要性もわからない。
小屋の前で車を降りると、英司は少し荒っぽくドアを閉めた。こんな風に苛立ちを露わにする様子を家族が見たら、きっとまた「珍しい」と目を丸くされるのだろう。英司自身でさえ、らしくないと思う。
なのに、抑えきれない。
───いっそ小屋の中に芳が居なければ。
扉の前に立ったとき、一瞬そんな願望が脳裏を掠めた。
これで幻みたいに芳の姿が消えていたら、きっと自分は狐に化かされたのだと今ならまだ思えるだろう。こんなにも感情が揺さぶられるのも、正気ではなかったからだと受け入れられる。
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