第三話

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 居て欲しいのに消えていて欲しい。  あまりにも矛盾が過ぎる願いと共に、英司はノックもなしに鍵のない扉を引き開けた。  小屋の中に、芳の姿はない。  木の匂いは相変わらずするものの、初めて足を踏み入れたときと違って、埃っぽさがほとんどなくなった屋内。  作業台に置かれたカセットコンロと、その上に乗せられたケトル。  壁際のソファには、雑に畳まれたブランケット。  それらを、芳が天井から吊り下げたランタンが照らし出している。  なのに、その空間に芳の姿だけが無い。  自分で願ったくせに、いざとなるとその現実が受け止められず、可笑しくもないのに乾いた笑いが漏れた。 「ハハ……まさか本当に、化かされてたのかな……」  ほんのついさっきまでこの場に居たかのようなのに。  頭が上手く働かず、英司がフラリと扉に寄り掛かったとき。  ドサ、と小屋の裏手の方で何かが倒れるような物音がした。  反射的に顔を上げ、外へ飛び出して小屋の裏側へ回る。  暗がりの中、伸び放題の雑草の隙間から、細い脚が二本伸びている。  相手の荒い息遣いが聞こえる距離まで近付いて、やっとそれが倒れた芳の脚だったことがわかった。 「牧野さん!」     
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