2654人が本棚に入れています
本棚に追加
これまで藤原の持ち物になんて興味も示さなかった芳が、まさか中身を見ていたとは思ってもいないのだろう。藤原は顔を強張らせる芳に気付く様子もなく、脱ぎ捨てていたジャケットのポケットから白っぽい錠剤を取り出して口に含んだ。テーブルに置きっぱなしのミネラルウォーターで、ゴクリと飲み込む。
……薬?
随分機嫌は良さそうなのに、具合でも悪いのかと不思議に思ったが、あまり意識しているとケースの中身を見たことも勘づかれてしまいそうで、芳は無意味に携帯を弄り続けた。
同じ場所に居ても、互いに干渉しないのはこの三年間、少しも変わらない。外で何をしているのかは知らないが、藤原が毎日どこかへ出掛けてくれることだけは有難いと思っていた。
───そうだ。これでいい。
今までも発情期に身体を重ねる以外、お互い話をすることもなかった。藤原との生活は、母と居た頃の暮らしを思い出させた。
お互いに、ただ同じ空間に居るだけの存在。
だからさっきのケースの中身だって、芳はこの先もずっと見なかったことにして、黙って過ごしていればいい。
そう思って素知らぬ顔を決め込んでいた芳の二の腕が、不意に強く掴まれた。
え?、と驚いて顔を上げると、藤原が芳を見下ろしている。発情期でもないのに、藤原が芳に触れてきたのは初めてのことだ。
まさか勝手にケースに触れたことがバレたのかとドキリとしたが、そうではなかったらしい。
最初のコメントを投稿しよう!