第四話

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 発情するとただでさえ身体が制御出来なくなるのに、そこへ更に薬なんて使われたら、いよいよ芳は底の見えない谷底へ落下して、もう二度と戻れなくなる。 「…………いやだ」 「あぁ?」 「……お前に堕ちるくらいなら、死んだ方がマシだよ」  芳の口へ錠剤を押し込もうとする手を払い除け、芳は藤原の腹を蹴り上げると、相手が怯んだ隙にその下から抜け出した。  こんな男と番ったまま生涯を終えるくらいなら、自由になって死ぬ方がいい。望んでもいない『運命』なんかに、これ以上振り回されるくらいなら───。  よろめきながら伸ばされる藤原の手をかわし、芳は大した額も入っていない財布だけを掴んで、部屋を飛び出した。  薬の所為なのか、藤原が意味不明なことを叫んでいたが、構わず階段を駆け下りて駅へと走る。窓口で、芳の僅かな所持金で行ける、ここから最も遠い駅までの切符を買った。  駅員に告げられた駅名は『数田美』。聞いたことも無ければ、どこにあるのかすらもわからない。所持金も片道の切符代で使い果たしてしまった。  けれどもう戻りたくないのだからそれでいい。  いっそのこと、知らない駅に向かう電車が、この項に繋がれた忌々しい鎖を千切ってくれればいいのにと思いながら、芳は数田美駅を目指して電車に飛び乗った。
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