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第一話
驚く英司の視線の先。薄らと苔むした狐の像に寄り掛かるようにして立っていたのは、まるで狐が人の姿になって現れたのかと思うほど、黄金色に脱色された髪を肩口まで伸ばした男だった。スッと筆で引いたような切れ長の瞳が、より狐っぽさを際立たせている。
背丈は身長185センチの英司より、頭半分は小さい。おまけに身体の線も全体的に細めで顔立ちも中性的だが、骨ばった手と、浮き出た喉仏から男性であることがわかった。
長い髪の隙間から、時折銀色のピアスが覗く。パッと見ただけでも、片手で足りないほど両耳にいくつも穴が開いている。
見た目が派手なのでハッキリとはわからないが、歳は英司とそう変わらないように見える。だが、男がこの町の住人でないことは、明らかだった。
顔に見覚えがないのもそうだし、何より、彼がこの村には居ないはずのΩだったからだ。
αは匂いでΩを判別出来る。ただ不思議なのは、目の前の男から、発情期を迎えたΩ特有のフェロモンの匂いがしないことだ。
「おーい、聞いてる? それとも勝手に入ったこと、怒ってる?」
見定めるようにジッと男の顔を凝視していた英司に向かって、彼は緩く首を傾げながら歩み寄ってくる。反射的に、英司は一歩後退って静かに首を振った。
「この神社は普段無人なので、僕は散歩に来ただけです」
相手の年齢も正体もわからないので、取り敢えず敬語で答えた英司に対して、男はプハッと噴き出すと屈託なく笑って見せた。
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