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懐中電灯の光がやけにぼんやりしていると思い加藤の手元を見た瞬間,その手はガリガリで薄汚れ,爪があるべきところが真っ黒でなにもなく,ぼんやりとした光のなかにボロボロの着物のような布が見えた。
驚いて声が出そうになったが,口元を押さえて必死に堪えた。そして四人が振り向く前に防空壕跡から出なくてはと思い,静かに後ずさりした。
ほんの数歩,屈んだ状態で後ずさりをすると,背中を誰かの手で押し戻された。
ゆっくりと振り向くと,そこに見たことのない老婆が小刻みに首を横に振りながら俺が外に出ないように入口を塞いでいた。
「うわっ…………」
現実と幻の区別がつかず,いまなにが起こっているのか理解できなかった。とにかく防空壕跡から出ることだけを考え,老婆を押しのけるようにして外を目指した。
心臓が破裂するんじゃないかと思うほどの恐怖と,悪い夢を見ているんじゃないかと自分が置かれている状況の言い訳を必死に考えた。
老婆を押しのけると,今度は小さな赤子を抱いた女性が行く手を塞いだ。真っ黒な目の女性は後頭部が完全に失われていて,大事に抱きかかえている赤子は胸から下がなかった。
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