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ある日,爆撃機が通常よりも高く飛んでいるのを見た近所の住人が,慌てて防空壕に避難した。すでに三家族が防空壕内に避難しており,後から入って来た三家族は入口近くで身を丸くするしかなかった。
真っ暗な穴の中で身を潜める家族をまるで狙い撃ちしたかのように,爆弾が空気を切り裂くような音をたてながら防空壕の入口付近に着弾した。
一瞬,世界のすべてが無音になり,爆風と共に石や土が激しく吹き飛び,まるでスローモーションのように周りの木や建物を穴だらけにした。
防空壕の入口付近で丸くなっていた人たちは,横から散弾銃の弾を浴びせられたかのように小石や土を全身に受けて命を落とした。
そして,その爆風で丘の一部,粘土質の軟かな地層部分が硬い岩を巻き込むように崩れ,防空壕の小さな入口が完全に塞がれた。
防空壕の中で生き残った六家族,十八人は続く爆撃から逃れることはできたが,防空壕から出ることができず一週間かけてゆっくりと暗闇の中で命を落としていった。
その時の様子は誰にもわからなかったが,決して楽な死に方でなかったのは壁一面に残された爪跡,壁に刺さったまま抜けないいくつもの爪,糞尿と体液,そして腐敗した身体が発するガスの混ざり合う異臭,折り重なるように倒れていた遺体と遺体に残るおびただしい数の歯型と食いちぎられた形跡,そして傷口を塞ぐようにどこから入ってきたのかわからない数百,数千の蛆虫で想像できた。
戦争が終わり,誰にも知られることなく死んでいった家族のことは忘れられても,壁に残る爪跡が消えることはなかった。
土地の所有者も親族が四人もこの防空壕内で命を落としていたため,鎮霊碑としてここを残したいという気持ちが強かったのか,戦後もずっと防空壕を潰さずにそのときのままの状態で残していた。
唯一所有者がしたのは,壁の爪跡を隠すように入口に重たい鉄格子を取り付け,中に人が入れないようにしたくらいだった。
しばらくの間は残された遺族が防空壕前に花やお菓子など,故人の好きだったものをお供えしていたが,すでに高齢だった者も多く時間とともに誰も近寄らなくなった。
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