鬼哭《きこく》

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 戦後,随分と時間が経つが,いまだにこの防空壕跡からは悲惨な死に方をして成仏できない亡霊が恨めしさに泣いているという話が地元で語り継がれていた。  防空壕の中で命を落としたのはほとんどが女子供だったこともあり,苦しそうに泣き叫び助けを求めながら全身が熱と煙で肌が溶け落ちる霊を見たという話が真しやかに囁かれた。  そして戦争が終わってからも防空壕には助けを求めて彷徨い続ける霊が閉じ込められていて,生きた者が入ると連れて行かれると伝えられ,とくに女子供は近寄ることも禁じられた。  しかしそんな話も子供たちにとっては,大人たちが防空壕痕で遊ばせないように広めた,ただの怪談話としか考えていなかった。  戦争をゲームや映像の世界くらいにしか思えない現代の子供たちにとっては,防空壕跡はちょっとした肝試しの場所で,毎年夏になると遠くからやって来た若者たちの悲鳴とともに夜空に向かって懐中電灯の光があちこちから照らされているのが遠くからでも見えた。  時々警察官が巡回に来ていたが,駐車禁止の車を取り締まるくらいで,私有地でもあるため奥までは入って来なかった。  とくに夏場は防空壕跡のある土地は,背の高い雑草に囲まれ,近隣の住人の家からは距離もあったので,よっぽど騒がしくしない限り,わざわざ通報するような住民もいなかった。
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