第2章 父と子

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 不思議な気持ちで、その地名を見詰めていると背後の車にクラクションを鳴らされる。慌てずに車を発進させた。  俺が今生きている場所はここだけど、三年前までは東京に居たんだよな。あのまま、帰る切っ掛けが見つからないでずっと廃人としてフラフラしていたら、俺は生きていたんだろうか?  あの頃の俺は、結婚して家庭を持つことが夢のまた夢ぐらいに感じていた。  両親の喧嘩と、その直後の火事による喪失のショックはあまりにも大きかったけど。夏鈴が一緒にいてくれるから、あの土地に俺達の家を建てようと思えるようになれたんだと思う。両親の人生から学ぶことがあるとしたら、この先なにが起きても、夏鈴の人生は俺の人生であり、俺の人生は夏鈴の人生である。そういう感覚を忘れないことだと思っている。  負担をかけあうのが夫婦だ。自分が余命いくばくもない末期がんだったことを最後まで親父に打ち明けられなかったおふくろは、姉貴には「お父さんが可哀想だから」って言っていたらしい。可哀想だっていうことでみくびられた親父の怒りには同情する。親父はそんなに弱い男だったんだろうか?  俺は夏鈴に可哀想だなんて思われたくはないから、どんな事になっても夏鈴を見習って柔軟に受け入れられるように心がけているつもり。  今日のスケジュール通りの仕事をすると、相手は生身の人間だからイレギュラーなことは度々起こる。食中毒で入院した先生の代りに、急きょ自習になった教科の見張り役として教壇の脇に座った。
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