一章 屈辱の先

7/17
前へ
/159ページ
次へ
「知っているわよ! 柳原歩(ヤナギハラアユム)君でしょ? ちょっと目つきが鋭いけれど、スマートでなかなかいい男ね! その短い髪も男らしくていいわぁー」  そう言うと、男はスカートのポケットから鍵を取り出し、自動ドアの鍵穴に差し込む。 「どうぞ――」  ドアが開くと、やや高めの声で男は俺を中に入れた。 「ごめんなさいね。もちろん、あなたが来る事は知っていたわ。でも、今日は急遽私まで現場に駆り出されちゃったのよ! お陰で折角のメイクが台無しだわ!」 「やーねー」と男は言いながら、自動ドアを入ってすぐ正面にある小さな受付カウンターに右手を乗せて、トントンと指先でそこを叩いた。 「私、ここの受付なの。大島忍(オオシマシノブ)よ! 強制はしないけれど、名前で呼んでもらえたら嬉しいわ。宜しくね!」 「柳原です。宜しくお願いします……忍さん」   「フフッ。ありがとう。ちょっと待ってて……」   そう言って忍さんは微笑むと、カウンターの引き出しから、黒い手鏡と埃を被った小さな四角いバッチを取り出した。  彼女? は、手鏡で一通り自分の顔をチェックした後、手に取ったバッチにフーっと息を吹きかけ、さらに指で埃を払う。埃が取れると、それは社章なのだと気が付いた。 「……?」その社章には、全く見た事が無いロゴが描かれていた。  確かこの会社のロゴは、大中小の「!」が書かれたものだが、目の前に有る社章は、雫のような形に3本の矢が右上から左下へと斜めに刺さっているデザインだった。社章では無いのだろうか?  「貴方は最近決まったから、ちゃんと見える様になるまでこの社章を付けていてね。残っている物を見つけるの、結構苦労したのよ!」   忍さんは俺の胸に社章を付けると、満足気に笑った。 「忍さん、この社章は会社のロゴとは違うのですが、何で……」   俺が胸についた社章を見ながらそう言いかけた時には、目の前にいたはずの忍さんの姿は、白い煙で消えていた。
/159ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加