前方不注意

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「篠原涼子と古田新太もこんな気分で演技してたんですかね」 「だねぇ」  現状を冗談半分で例えると、御手洗さん――俺と中身が入れ替わってしまった人――は空返事で相槌を打った。  意識を取り戻して、中身が入れ替わったことに気づいた当初は、お互い困惑してパニックに陥りそうになったが、なんやかんやで落ち着きを取り戻すことができた。そして目下、俺たちはファミリーレストランにいた。  今日は平日で授業は普通にある。だから本来は学校にいなければならないのだが、さすがにこの姿のまま学校に行くわけにもいかず、こうしてファミリーレストランで緊急の会議を開いている次第だった。  話を聞いたところ、幸いなことに御手洗さんはニートということなので、御手洗さんに迷惑をかけることはなかった。社会的な見地からすると、二十九歳でニートという御手洗さんの存在そのものが迷惑なのだが。 「これってどうやったら元に戻るんですかね。やっぱり同じ衝撃を与えるとか、そんな感じなんですかね。でも、もう一回あんな風に衝突するのは勘弁ですよねぇ」 「あ、うん。そうだね」 「……?」  心ここにあらずといった御手洗さんの反応に、本人を目の前に首を傾げてしまった。  あまりに現実離れしたことに直面したが故に放心状態に陥っている、というわけではなく、どちらかというと妄想にふけって心が弾んでいるといった感じだった。 「ちゃんと俺の話聞いてくださいよ。このままじゃお互い困るでしょう? 早く元に戻る方法を見つけないと」 「うーん。まあ、いいんじゃない?」 「何が?」  何に対しての「まあ、いいんじゃない」なのか分からず、思わず素で突っ込みを入れてしまった。 「いやだから、戻らなくてもさ、いいんじゃないかなーと思って」 「は?」  何を言い出すかと思えばこのニートは。 「だってほら、そもそも元に戻る方法なんて分からないわけだしさ」 「だから、それを考えるためにこうしてファミレスで話し合いをしてるんじゃないですか」 「でも話し合いをしたからって答えが出るわけでもないし」  御手洗さんの視線が泳ぐ。自分の顔だからだろうか、表情から御手洗さんが何を考えているのか何となく分かってしまった。 「御手洗さん、元に戻りたくないんですね」 「えっ、いや、そんなことは」  口ごもるところを見ると、どうやら図星だったらしい。
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