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 三日経った。  予想通り、俺はクラスの中では陰キャ。女子の友達も、必要最低限の話をする程度の仲で、そういえば早崎が俺に話しかけてくれる前もこんなだったな、と思う。だから俺は、特別「のぞみ」のふりをしないで済んだ。  高校生の日常の大半は、授業だ。それを、ふつうに受ける。休み時間は、読みかけの本を開く。それだけで俺は、飯島望として、他の人たちの目に映ることができた。  たった一つ違うこと。それは、早崎との距離。俺は時々、誰にも気取られないように本のページから目をあげて、早崎を見る。  早崎は、机の上に座って、クラスの男子と話している。他愛もないおしゃべり。その合間に、小突き合ったり、肩に触れたりする。  そのたびに、俺の胸は苦しくなる。ほんの数日前までは、俺にとっての日常だったはずの風景が、いまは遥か彼方にある。直線距離でいえば数メートルもないのに。  その日の時間割には美術があって、油絵だったので、油絵の具のセットを持っていかなければならない。俺は、男子としては標準よりも少し低い身長だったけれど、これくらいの荷物を持つのに困ったことはない。  だけど、のぞみの身体は女子の平均よりもやっぱり小柄で、しかもたいそうな非力だった。片手だと油絵具のセットが入ったかばんの持ち手が食い込み、けっこう重い。どうしようかと考えて、両腕で抱えることにした。そうして、やや身体を斜めにして一歩一歩慎重に段を見つつ、階段を下りていると、いきなり上下がひっくり返った。  背中と腰に、鈍い衝撃。そしてものの見事に散らばる、油絵具たち。  痛さ云々の前に、この悲しい現状に起き上がる気力が湧かなかった。
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