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木々のよく茂った森であった。風が吹けばざあざあと葉が擦れ、青々した匂いを私の元へと運んでくる。空も青い。あんまりよく晴れているものだから、枝葉が日光を遮ってできる影が濃くなって、森全体の、鬱蒼とした印象が、かえってより強く感ぜられた。
私はその、影の部分と陽の当たる部分とが作る、マーブル模様が地面にあるのを認めて、それを眺めながらしばし歩いていた。無論、土の上を木の根が縦横に這い廻り絡まりあいしていたので、それに躓くのを避けたのでもあったが。
小鳥のさえずる音色が、麗らかに響いていた。どれくらい歩いただろうか。私は半ば夢中になっていて、ふと我に返り、勢いよく顔をあげた。
そこに立っていたのは、周りと比べると、まるで異相の木であった。死に際の老人のように細い、枯れ木である。
その隣には、特別大きい巨大樹がそびえていて、その為にこの木の貧弱さというやつが強調されるのかもしれなかった。 私は恐る恐る、葉の一枚もついていない枝の、ひとつに触れてみた。すると案の定、ぽきりと小気味よい音を鳴らして、枝が折れた。
「ああ、これはすまないことをした」
私は急いで枯れ木から離れた。そうして今度は、横の巨樹の方へと近付いていき、
(ひょっとすると、こいつが余分に栄養を吸っているから、隣の木はああも貧相に成り果てたのかもしれない)
と思って、微小なる憎らしさじみたものを込めて、その極太の幹を靴裏で蹴突いてみた。
それがいけなかった。
みしみし、と致命的な音がしたかと思うと、木肌に亀裂が走りはじめる。それが横一線に広がってゆくのだが、何より私を驚愕せしめたのは――当然といえば当然だが――裂け目の大きくなるにつれて、大木がどんどんと斜めに傾いでゆくことである。
周囲の木々をも薙ぎ倒し、遂に樹は、切り株だけを残して、地面にその身を投げ出した。
凄まじい衝撃と轟音。 大地への激突である。 土煙が舞い上がり、それが晴れたときには、森は静寂を取り戻していた。
割れ目を覗き込むと、巨樹の中身といえる物はなく、全くの空洞となっていた。既に樹は死に際で、私がとどめをさしてしまったのかもしれない。
「ああ、これはすまないことをした……」
隣を見ると、一本の枯れ木が、堂々と胸を張って、佇んでいた。
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