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今日はエレベーターが故障した。昨日は空調がおかしかった。壁は小さなフライヤーでいっぱいで、そのほぼ全部がかすれて字が読めない。壁の黒の塗装はボロボロで、換気ダクトからは年季の入ったなんともいえない臭いが漂ってくる。私のような弱小地下アイドルが活動するライブハウスはどこもこんなものだ。今日のライブ会場も地下。上の階は最近できたおしゃれなカフェ。ただあそこのスタッフは会えば文句を言う。だからこっちからお茶しに行ったことはない。
生活費を切り詰めて生活して数年。いろんなものを犠牲にして憧れの世界に近づこうとした。食事を抜くのは当たり前。衣装はほぼ手作り。服なんか買わない。機材は中古。ネットに落ちてる情報からなんとかアイディアをひねり出してその日暮らしの毎日。オーディションに送る履歴書代を捻出するために特売のもやしを買いだめして何日も過ごした。ライブハウスで会う人はいい人たちばかりだけど皆自分以外に手を差し伸べる余裕はない。
地下のライブハウスからは空が見えない。見えない空の見えない星をみんな掴もうとしてもがいている。小さな小さなこのハコで、歌ったり踊ったり叫んだり。たまに喧嘩が過ぎてけが人が出たりする。ひとは野蛮って言ったり近づくなって言うけど、私にはそんなこと関係なかった。
売れもせず辞めもせずここで粘っているのも私だけになってしまった。いろんな出会いがあった。売れて別のハコへ行く子もいれば人知れず去る子もいる。前のオーナーは気前のいい人で、ちょくちょくみんなに差し入れをしてくれた。1日が終わるのは真夜中。早い時間の子が戻ってきたりして皆でギョウザとかつまみながらギャーギャー反省会をやるのがお決まりだった。
ライブハウスの閉鎖が決まった。管理会社は建物が古いから安全のためだと宣言したけど、本当はここを全然違う店にして売るつもりなんだと噂が立っていた。
決定は一方的で突然だった。利用者である私たちは当然、管理会社から派遣されていた雇われ店長みたいな人ですら正式には聞かされていなかった。
水が引くように皆どこかへ行った。スタッフも来なくなった。バックレる子がたくさんいた。周知はずさんだった。何も知らずに来た観客に対応したのはほとんど私だった。誰かがイキオクレと言ったのははっきり聞こえた。また私だけが最後に残った。
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