『熱帯魚の声は聞こえない』

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帰宅した裕子の目に最初に入ったのは、玄関に置いてある夫の管理する水槽だった。狭い水槽内でユラユラと泳ぐ熱帯魚たちを見ながら、ふと、私もこの魚なのかしらと思った。 夫の支配の中、餌だけ与えられてユラユラとただ漂っている。そんな気がしてきた。「どうだ?住み心地が良いだろう?」と言う夫の声が聞こえてきそうだ。 本当に住み心地が良いのだろうか?魚は何も言わない。いや、もしかしたら言っているのかもしれない。水槽の外を見ながら「外に出たい」「こんな水槽は嫌だ」と。だがこちらにはそれを理解する術がない。 私はどう思っているのだろう?「住み心地が良いだろう?」と聞かれたら、何と答えるだろう。魚と同じで何も言えずに泳ぎ続けるのだろうか? 「ただいま」 裕子がそう言いながらリビングに入ると、夫はそこでDVDを見ていた。無言だ。マウンティングは続いているらしい。 水槽の外に出てみようか?裕子はそう思いながら、リビングの窓から見える夕焼けの空を見上げた。
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