『熱帯魚の声は聞こえない』

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『熱帯魚の声は聞こえない』

将隆(まさたか)はイライラする気持ちを抑えかねていた。出発は10時と決めたのは妻の裕子(ひろこ)の方なのだ。もう10分前だというのに、まだバタバタと支度をしているようだ。10時出発に間に合うのかと訝っていると、次第にイライラとする気持ちが募ってきていた。 裕子が行きたいという郊外の園芸店は車で小一時間かかる場所にある。そこへ出掛けるとなると半日、いや今日一日が潰れると覚悟しておいた方が良いだろう。貴重な休日を費やして連れて行ってやろうとしているのに、当の本人が決めた出発時間にさえ間に合いそうにないとは、一体どういう寸法なのだ。 大体、10時出発と決めた時点からおかしいのだ。化粧など色々と準備が必要なのは分かるが、それを見越して時間を設定すれば良いではないか。間に合いそうにないと踏んで、朝食の後片付けまでしてやったというのに、この状態だ。 妻は以前からこんなにノロマだったのか?付き合い始めた頃はもっとテキパキしていたように感じていたが、あれは恋の欲目だったのだろうか。25年も前の事だ、もう記憶も定かではないが。 将隆は苛立ちを顕わにしながら、ドスドスと足音も高くリビングを横切り、階段下から二階で支度をしている裕子に声を掛けた。 「おい!もう10時になるぞ!車に乗ってるぞ!」
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