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通信を開始するアラームが鳴った。私は音の鳴った方へ意識を集中した。意識を集中したことで、私には意識があるのだということを私は意識した。そうでなければ私は一体存在しているのかもよくわからなかった。意識を呼び起こすと同時に、そこへ別の意識が介入してきた。
『いま、なにしてる?』
それは私が今唯一意思の疎通ができる、この宇宙のどこかにいる生命体からの信号だった。私は信号を返した。
「あなたとおはなしをしているわ」
私がこの返答をできるまでには長い時間がかかった。この生命体はいつも唐突にこの宇宙船の通信機に信号を送り、私の意識を呼び覚まし、この問いかけをし、そして勝手に私に語り掛ける。私は発信されるこの生命体の信号から規則性を探り、同じように意味のあるらしい信号を組み合わせて発信しているが、相手の様子は、私がこの信号を発信できるようになる前と後で、何の変化もないのだった。
『私は今日、小説を読んだわ』
「小説?」
『小説とは、どこかの知的生命体が作った架空の物語よ』
「物語?」
『おとめ座銀河団の近くで見つけたの』
「おとめ座銀河団?」
『舞台は太陽系の火星という星』
「太陽系?」
『主人公は貧しい開拓者の娘』
「娘?」
『彼女は地球人にさらわれた母の敵を討つために旅に出るのよ』
こうしてこの生命体はいつも私にただ一方的に語り掛ける。私には理解できない信号がまだ沢山あり、その度にそれを訪ねる意味で繰り返すが、それに対する返答はいつもない。そして決まって、通信は唐突に消える。
私は無人の宇宙船の中で生まれたのだと思う。おそらくこの宇宙船は不慮の事故で難破し、乗組員は死んでしまった。それからどれほどの時が経ったのだろう。私はあてもなく宇宙を彷徨う船の中で、遺された哀れな有機体のかけらから生まれた、名もなき生命体だった。あるいは、生命体ですらなく、孤独な遺骸のただの魂なのかもしれない。それが私として意識を持ったのは、あの生命体からの信号を船が受信するようになってからだ。繰り返し宇宙船の空間に割って入る誰かの意識が、私を私として意識させた。
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