crescent moon

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一ヶ月。 僕があの不思議な路地に迷い込み、あの奇っ怪な雑貨屋に一晩泊まったあの日からもう一ヶ月経った。 お礼がしたい。そう思って僕は幾度もあの店を訪ねようとした。 しかしあれからどれだけ探しても、あの店へ通じる不思議な路地は見つからなかった。 「ネクタイ…返さなきゃいけないのに」 おかしい。やっぱり僕は夢でも視ていたのだろうか。それとも残業疲れで幻覚でも見ていたのか?だけど店の中の風景もそこにあった不思議な品々も鮮明に覚えているし、僕の空想にしてはあまりに出来すぎている。与えられた温かい食事やお風呂やベッドの感触、起きると青年が作ってくれていた朝御飯のメニューも覚えてる。それにあのミントのような匂いも、柔和な微笑みも、小瓶と同じ夜色の瞳も…。 そして何より、このネクタイ。深い夜色に、三日月がぽつんと浮かぶ彼がくれたネクタイ。これが今確かに僕の手元にあるということが、あれは決して夢ではなかったことを証明している。 あれから毎日毎日あの店へ続く道を探したけれど、それでもやっぱり見つからなかった。 「何で…」 無意識に唇に手が触れる。 たった一瞬の触れ合いだったのに。いつまでも経っても熱が消えないそこをもう何度も確かめるように指でなぞった。 三日月は物事の始まりを現すと彼は言った。暗闇に現れ満ちてゆく月は一筋の光なのだと。けれども逆に、新月へと向かう月だったら?満ちてゆくのではなく、欠けてゆく月だったとしたら。そうしたら、また夜は真っ暗闇に戻ってしまうじゃないか。 …夢ならば、時間が経てば忘れられるだろうか。
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