full moon

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full moon

そんなにぎゅっと掴まなくても、もう貴方の前から消えたりしませんよ。 腕の中で無防備に規則的な寝息を立てる一人の男を眺めながら心の中で呟く。喜びの余り、口角が上がるのを止められない。 彼の中に蒔いた種が一ヶ月と少し経ってここまで育ってくれるなんて、ちょっと予想外だった。そのおかげでずっと焦がれた宝物が、今ここにある。 街中で一目見たあの時から、それ以外何も考えられなくなっていた。自分にだけ一瞬視えた赤い糸。それが幻想だってもはや構わない。 例えそんなもので繋がれていなくても、手に入れてやると誓った。 「ふふっ…ふふふっ。あぁ…。やぁっと、つかまえた」 まだだ。まだこれからだ。 彼の中に芽吹いた感情は、まだ小さな芽に過ぎない。枯れてしまわないように、それがやがてたくさんの花を開かせるように、これからゆっくり育ててあげる。 ふかふかのベッドに彼を寝かせると、少しだけカーテンを開いて窓の外を見た。窓を少し開けた隙間から入り込んだ夜風が、ゆらゆらとレースのカーテンを踊らせる。 月は満ちる。何度でも。そして欠ける。何度でも、何度でも。新月も満月も三日月もそのサイクルの途中経過のひとつに過ぎず、なのに人々はそのひとつひとつに勝手に意味を見出だしたがる。 そのひとつひとつに込められた願いは身勝手で、けれど切実で、どうでも良くて、たまに愛おしい。 三日月は何かの始まりを意味するなんて言い出したひとは、一体何を願ったんだろう。 ふかふかのベッドに横たわる身体にそっと覆い被さって愛しい顔を覗き込む。けれど深い眠りについているらしい彼はすやすやと気持ち良さそうで、中々起きる気配は無い。 額の黒髪を掻き分けそっとキスを落とす。 それから、頬に残った涙の跡をもう一度綺麗に舐め取った。 自分のために、流された涙。それがまた愛しくて、これ以上無い程に青年を興奮させる。 枯れない光を手に入れた。 青年の中の月はもう、欠けることは無い。
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