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迷いなくその路地に歩を進めた僕は少しわくわくする鼓動を抑えきれず、辺りをきょろきょろと見回した。心許ない外灯を見上げると頭上には空の代わりに深い森のように鬱蒼と繁った木々があり、両サイドには人が住んでいるのかどうかも怪しい古びた木造家屋が並ぶ。錆び付いた郵便受けには苔が生えているものもいくつか有り、もう長らく郵便物が投函されていないことが窺える。
傾斜がついて少し坂道になっている地面は、老人にも優しく上り易い、ゆったりと幅のある石段が続いていた。
そして道の端には、ぽつぽつと適当な間隔で電信柱のような灰色の柱があった。しかしそれは電信柱というには少し細く、よくよく見れば電線も通っていない。外灯が付いているわけでもないそれは一体何の為の柱か分からないが、ただ一本の柱につき数枚の丸い鏡が様々な角度で取り付けられていた。そしてその何枚もの丸い鏡があらゆる角度から、僕が今まで歩いてきた道や先へ続く道を映し出しているのだった。
こんな不思議なところ、もし雑誌にでも載れば○○映えなんて話題になって観光客が殺到するんじゃないだろうか。もう数年はこの辺りに住んでいるけれど、こんな変てこな路地があるなんて今まで全く気づきもしなかった。
そんなことを考えていると、無数の鏡の一枚が僕の後ろをシュッと通り過ぎる何かを映し出したのが見えた。何だろう。一瞬だからよく見えなかったけれど、多分灰色か白の猫のようだった。
…まぁ猫かどうかは分からないけれど、少なくとも動物はいるのか。
気まぐれとはいえふらりと迷い込んだ人気の無い路地に、自分以外の生命体の存在を確認して少し安堵する。
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