crescent moon

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その後暫く青年も僕も何も言わないまま、二人してただじっと小瓶の中の三日月を眺めていた。 数分ほど経った頃だろうか。不意に向かい側から「ふっ」と息の漏れる音が聞こえた。すっかり夜空の世界に浸っていた僕ははっとして、青年の方を見た。 青とも翠とも言えない夜空のような瞳が細められ、薄い唇が緩く弧を描いている。あぁ、まるで三日月のようだ。 「お客さんは、これが気に入ったようですね」 さらりと長い銀髪が揺れて、店の少しオレンジがかったランプの光を反射して輝く。 本当に魔法使いみたいな雰囲気を纏った彼が、夜空の小瓶をことりと木の机に置いた。 「気に入ったというか、とても…綺麗だとは思いますけど…」 …近い。何か近いな。店主と思しき若い男は少し屈んで僕と目線を合わせた。凡庸な僕の顔なんて眺めて一体何が面白いのか、遠慮の無い青年は見透かすような瞳でじろじろと僕を見つめては何故だか嬉しそうに微笑んでいる。 部屋の端の照明が薄暗いところでは良く分からなかったが、明るいところに出てきた青年の顔はとても整っていた。スッと通った鼻筋に男らしく凛々しい眉。しかし少し垂れ気味の大きな目と長く伸ばされたさらさらの銀髪のせいか、やはり中性的にも見える。 そして何より魅力的なのは、先程まで眺めていた小瓶の中の夜のような瞳。先程の小瓶のように、ずっと見ていると吸い込まれてしまいそうだ。 そんな男の僕ですら直視し難いその顔を、青年は更に遠慮無くぐいっと近づけてくる。 「薄明でも真昼間でも黄昏でもなく、三日月のこの夜。太陽のような貴方はもしかしたら朝焼けを好むかもしれないと思ったけれど、他でもなくこれを気に入ってくれた。…とても嬉しいです」 「はあ…?」 この青年の言うことは時々意味が分からない。僕はたった今初めて彼と会ったはずなのに、まるで知ったようなことを言う。占いでも嗜んでいるのだろうか。
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