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「そこからじゃ撮れないよ」
突然の声に振り向く。
ぐいと腕を引かれ、斜面を下る。
完全雪山装備の顔は、マフラーとゴーグルで見えない。この人が作ってきただろう道を、転びそうになりながら駆け降りる。
下は雪原だった。
「ラッセルは下からの方が綺麗だから」
息を切らして見上げると、その人は、一眼レフを乗せた三脚のそばで、線路の向こうを見ていた。
周りは雪ばっかりで、誰もいない。
なにこのひと。
カメラ落としたらどうするの。大事な初めてのデジタル一眼レフなのに。
文句を言おうとしたとき、嬉しそうな声が上がった。
「ほら、来るぞ!」
重い音が聞こえて来る。ラッセル車。
そうだ、今日はこれ目当てに来たんだ。
慌ててファインダーを覗き、夢中でシャッターを切る。
列車はあっという間に通り過ぎた。
ぼうっとしながら、カメラの画面で確認する。
少し逆光気味の写真は、車体も舞いあげる雪も、自分が撮ったとは思えないほど綺麗だった。
「いいの撮れました?」
声をかけられて、とびあがる。
「……はい。ありがとうございます。自分のじゃないみたい」
「良かった。さっきは急にごめん。あそこは崩れやすいから」
ゴーグルを外して笑う顔は、すこし年上の優しそうな人だった。
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