ホットココアさんとホトトギス

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 ホットココアさん。  俺はバイト先である「カフェ・メープル」のとある常連の女の子に、あだ名をつけてそう呼んでいる。もちろん心の中だけでだ。説明のしようがないから祐介だけにはそのあだ名で話をしているが、あいつはなかなか覚えてくれない。  彼女が座るのはいつも必ず同じ席だ。一番奥の隅っこかつ窓際のソファー席。毎回一人で来ていて、俺は彼女が他の人物を連れて来店しているのを見たことがない。  そしていつも彼女は、ぼんやりと俺のほうをビー玉みたいに透き通った大きい瞳で見上げてこう注文するのだ。 「ホットココア、お願いします」  少し色素が薄く、光加減によってはほんのり茶色に見える肩までのつやつやとした黒髪をさらりと靡かせながら、彼女は小さな声でそれだけ言う。そしてそれも束の間、ほんの一瞬ののちに彼女はまたぼうっとした表情に戻る。  暑い日も寒い日も、いつもホットココアを頼み、ぼうっとひとときを過ごしている美少女――だから俺は名前も知らない彼女のことを、ホットココアさんと呼んでいる。
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