カモミールとリンゴ

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 四葉のクローバーのご夫妻がきて一週間ほど経つ。ココネさんはあれからまた毎回来るようになって、そしてその行動パターンはまたいつも通りに戻っていた。  クローバーの花言葉の理由を教える約束はまだ果たせていない。いや、そもそも俺は彼女に話しかけそびれていた。何せ行動パターンがいつも通りになった彼女はココアを頼んだ後、すぐに用は終わったと言わんばかりに静かにノートや教科書を眺め始めるのだ。  俺は祐介みたいに屈託のない大胆さは持ち合わせていないから、毎回その干渉しづらいオーラに気圧されて店員としてのやり取り以外ができない、そんな状況になっていた。  俺自身の存在を完全にスルーされたみたいで面白くないと思いつつも、本来なら俺は彼女にとって店員としての存在、それ以上でもそれ以下でもない。そして本来なら店員と客の距離感はそれが普通だ。  でもこの状況がなんだか面白くない、と思う程度には俺はココネさんと仲良くなった気でいたのだと、こんな状況になって気づく。  何かが面白くない。俺がクローバーの色だなんて言って、彼女が笑って、それで少しだけでも近づいた気がしていた距離。それが今ではすっかり他人に戻ってしまったような気がして、面白くない。いやそもそも他人だけども。  話しかけられない、話しかけてもらえない、そんなくらいでもやもやしてしまうほど薄い関係だと思い知らされるこの状況が、なんだか面白くない。
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