カモミールとリンゴ

32/50
前へ
/270ページ
次へ
「そっか、お酒……リンゴのコンポートなんてどう?」  今リンゴの季節だしちょっとしたおやつにもちょうどいいし美味しいわよ、と観月さんが眼鏡のつるを押し上げた。 「それになんだっけ、ミスコンってリンゴのお話にぴったりな気がするのよね」  ねえ? と悪戯っぽく聞かれて、俺は渋々頷いた。 「なに、リンゴの話って」  祐介がカウンター席でコーヒーを啜りながら話に乗ってくる。他のお客さんもいるから静かに、と言おうと思ったがあいにく今のこの時間には俺たちと、いつもながらの行動パターンでぼんやりとテキストを眺めているココネさんしかいない。 「……ギリシャ神話にありましたね」 「そうそう、それよ。ずっと前に聞いたからうろ覚えなんだけどさ」 「へえ、どんな話?」  二人の視線に負けて、俺は冷蔵庫からリンゴを取り出しながら答える。 「不和と争いの女神エリスが、自分が招待されなかった宴会の席に「最も美しい女神に」って文字が書かれた黄金のリンゴを投げ入れた。三人の女神たちがそれぞれ自分こそが一番美しい容姿の持ち主であるって主張してそのリンゴを巡って競うことになって、美女の女神たちの争いが起こった、って話」
/270ページ

最初のコメントを投稿しよう!

557人が本棚に入れています
本棚に追加