カモミールとリンゴ

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 さすがは昔から神話やら物語やらに出てくる果物だ。そんなことを思いながら厨房でリンゴの煮立つ様子をしばらく見守っていると、表の店の方でカランコロンと激しくベルの鳴る音がした。 「あら、いらっしゃい」  観月さんの挨拶に対する相手の声は聞こえない。  新しいお客様がきたのなら早く行かなければ。手早く鍋からちょうどよく味の染み込んでいそうなリンゴを引き上げ、皿に移す。  リンゴの皿をカフェのほうの冷蔵庫に移そうと俺が厨房から移動すると、ソファー席に座ろうとしている真波先輩と目が合った。その手にはクリーム色の封筒が握られていて、心なしか先輩の表情は疲れて見えた。 「……なんだ、いたの」  なんだとは何ですかと言いたくなる。先輩はふっと顔を緩ませて、俯きながらソファーに座った。 「最初見えなかったから、今日はいないのかなって思っちゃった」 「……どうかしましたか」  先輩が苦笑いしながら手に持っていた封筒を、カバンと一緒に半ば投げ出すような勢いでテーブルの上に置いた。
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