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2-1.レモンとキームン
「……分かりました、もう大丈夫です……」
そうぽつりとお客さんの『彼』がため息を吐きながら洩らした言葉に、俺と祐介はそれ以上何を言ったらよいのか分からず、困り果てて口をつぐんだ。
隣で気づかわしげに心音さんが俺たちとそのお客さんを見比べているのをひしひしと感じる。
どうしてこんなことになってしまったのか――。それは少し前の時間に遡る。
「祐介さん馨さん、あの人ため息つくのこれでえっと……」
平日の18時半ごろ。カフェ・メープルのバイト中、紅茶のポットを温める湯を沸かしていた俺たちの横で、心音さんがひそひそ声で囁いた。
宙をぼんやり眺めるような、一瞬遠い目をしたのちに彼女はすぐ俺たちの顔に視線の焦点を結ぶ。
「6回目です」
どうやらお客さんがため息を吐く瞬間を思い返していたらしい。改めてその記憶力に感嘆すると同時に、そのお客さんがなんだか少し気の毒になる。
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