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「そうなんですよ、俺こいつのことなら割と昔のことでもなんでも知ってます」
ていうか思い出したんだけどさ、と言い出したそのトーンに嫌な予感がした。祐介がちらりとホットココアさんの方を見やって俺に目線を戻す。
「ココアって聞いてさ、あれ思い出して懐かしくなった、『結実率1%』。そういやカカオってココアの原料でもあったもんな」
「もう忘れろあれは」
ミルでコーヒー豆をガリガリと挽きながら俺がぼそりと言うと、祐介はつまらなさそうに口を尖らせる。口を尖らせるなんて女子の特権のような仕草が、こいつには憎たらしいほどよく似合う。
「最近めっきり聞かなくなって寂しいんだけど」
「知るか」
「ひでえ、俺にもください『親切』」
ここぞとばかりに祐介が確信犯的にニヤリと口角を上げる。俺はその言葉を無視してサイフォンのフラスコにコーヒー3杯分のお湯を入れ、沸かしながら揺れる水面を見つめた。
「なあ、俺また馨の話聞きたいんだけど」
コポコポと揺れ出した暖かい水、挽きたてのコーヒー豆の匂い、しつこくも急かす旧友、興味深げに俺たちを見守る観月さん。その二人の視線に耐えかねて口を開きかけた時、突然景色が動いた。
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