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キンモクセイの香りがする。
大学の正門を潜り抜けて、校舎たちへと続くなだらかな坂道をだらだらと登りながら、現実逃避気味に俺はそう思ってみる。特に何をしたわけでもないのに、けだるい鈍くささを抱えた足で一歩一歩を踏みしめて、だいぶ上の方まで続いている坂を恨みがましく見つめながら。
――キンモクセイって確か、月にいた女神が地上に落としてくれた植物だったっけ。
自分の視界の前方、坂の上の方に見える後ろ姿を見つめながら、ぼんやりと思う。そんな女々しい自分に俺は心の中で頭を抱えた。
時刻は十時二十五分。俺が今まさに向かっている講義の時間まではあと二十分しかないし、坂を上り切っていないから校舎の群れが見える距離にたどり着いてすらいない。一学年が全学部併せて1万人いるはずのこの大学は、敷地も広大な上に校舎もデカい。校舎に入ってからも広すぎて教室にたどり着くまでに時間が大分かかる。二十分じゃ多分、ぎりぎりだ。
遅刻という二文字がすぐ目の前にちらついているのにも関わらず、俺の歩みが遅いのには理由がある。
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