ホットココアさんとホトトギス

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 目の前の男女二人組。どちらもそれぞれ、左手に腕時計をしている。ちょっと背伸びをしたい大学生の間でプレゼントとして人気な、シンプルなブランド物のやつ。  高校生まではあの舞浜の夢の国で買ったぬいぐるみのペアチャームをしたり、ペアのストラップをつけていたりするのが恒例だったカップルの『お揃い』コーデ。それは大学生ともなるとお揃いとは分からない洒落たデザインのチャームだったりペアリングだったり、ちょっぴり背伸びしたブランドの時計にとって代わる。その二人組はさり気なく、そのペアと思われる腕時計をしているのだ。それを一瞬で見て取り、関係を理解してしまった自分にも嫌気がさす。  ああ、面倒くさい。  そう心の中で呟いてみた言葉は、じんわりと九月下旬の少しひんやりし始めた空気の中に人知れず溶けていく。  目を上げて前方から横に視線を移すと、坂の両端に植えられている並木の間に、小さい橙色の花の群れをたたえる木々が植えられている。その香りを吸い込みながら、頭の中で小学校のとき通わされた塾の算数の授業が甦った。なんだっけ、忘れ物をしてしまった兄を追いかけて自転車で忘れ物を届けに行く弟が何分後に追いつきますか、みたいな計算。  名前なんて忘れたけれど、それの逆バージョンを俺は今、坂を上りながら頭の中で計算している。「どの速度で進めば、何分後に追いつきますか」じゃなくて、『どのくらいの速度で進めば、二人に追いつかずに済みますか』を俺は今、とてつもなく知りたい。追いつくと面倒だし何となく見られたくない。
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