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カランコロンと鳴るドアの向こう側から、キンモクセイの香りがふわりと風に乗って吹き込んでくる。
確かキンモクセイって。
その美しさに魅せられて。女神が宙を舞い、男神がそれに手拍子を合わせたことで地上にもたらされた月上の花。
その花の香の風をかすかに残してふわりと黒髪を揺らし遠ざかるその小さな後姿を、俺は黙って見送った。
「明後日あたりから雨みたいだから、キンモクセイも散っちゃうわね。そろそろあの香りともお別れか」
そう残念そうに隣で観月さんが言う。確かにキンモクセイは匂いで有名だが、その花が散るのは一瞬で、世間でもてはやされるほど匂いは持続しない。彼女の横顔に視線を向けると、「なによその意外そうな顔」と肘を小突かれた。
「私だって植物の知識、ちょっとはあるのよ」
「へえ、そうなんですか」
「ちょっとその態度良くない! 冷静淡泊なのはかっこいいけど良くないよ!」
「冗談です、すみません。話ができる人ができて嬉しいです」
「まあでも私の知識なんて全然なのよ。だから君に色々教えてほしいな、その特技とっても気に入った」
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