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一足先に喫茶店のカウンターの方に戻っていた俺の隣に、観月さんが軽やかな足取りで戻ってくる。どうやら今度はきちんとした焼き方に成功したらしい。トマトベースのスープとスライスしてバターのほんのりした香りを漂わせるパンを彼女はうきうきと主婦二人のお客の元へ運んでいった。
「ほんとね、『財産』の美味しい味がした。無駄になんてならないのね」
彼女はカウンターに戻ってくるなり悪戯っぽく笑った。
「段々ナチュラルに出してくれるようになったじゃない、例の癖」
そう言われてから自分が例の癖を出してしまったことに気づく。どうやら無意識に口から出てしまっていたらしい。
口を開きかけた途端、喫茶店のドアがカランコロンと開いた。高校の制服に、こげ茶のローファー。ふわりと靡く、少し色素の薄く茶色に透ける黒髪。ココネさんだった。
「いらっしゃいませ」
俺はぺこりとお辞儀をしながら彼女をいつもの席へ案内する。あのホトトギス話事件の次の日、彼女はまたいつものようにやってきて靴が無事返ってきていたことを嬉しそうに報告してくれた。どうやらあれ以降、靴の入れ替え悪戯はされていないようだ。俺はそのことに今日もほっとしながら、彼女が席に着くのを見守った。
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