パンとクローバー

4/52

557人が本棚に入れています
本棚に追加
/270ページ
 『ホットココアお願いします』――。相変わらずココネさんのオーダーはいつもぶれないから、今日もそのパターンだろうと思いながらも俺は念の為、エプロンのポケットからオーダー用のメモとペンを取り出した。  が、今日はいつものパターンではなかった。 「あの、石蕗さん。これって何て読むんですか? 多分花の名前ですよね」  唐突に会話が投げかけられて、俺は少しびっくりした。彼女の規則正しい行動パターンに、俺に話しかけるという行動は入っていなかったはずだ。靴が返ってきた日は報告してくれたけれど、それも次の日にはすっかりいつもの行動パターンに戻っていた。  まるで、何事もなかったかのように。  ココアをオーダーしてぼんやりと教科書やノートを広げて過ごし(ちなみにページが進んでいる瞬間はほぼ全く見たことがない)、黙々とココアをゆっくり飲んで帰っていく。そんな規則正しい行動パターンを、彼女はいつも崩さない。  ココネさんの方から話しかけられるのなんて初めてで、俺はオーダー用紙を持ったまましばらく硬直した。年下の女の子相手なのに、なんだか緊張する。  そんな俺の様子には清々しく目もくれず、彼女はB5の小ぶりのノートを取り出して文字を書きつけた。
/270ページ

最初のコメントを投稿しよう!

557人が本棚に入れています
本棚に追加