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「あのお客さんが読んでた本のタイトルが、気になって。何の花なのかなって」
本のタイトル、と聞いてピンと来た。
「ああ、夏目漱石ですか」
そう言いながらお爺さんの方を見て、俺はぎょっとした。
ココネさんのソファーから二つ隣の窓際のソファー席。ちょうど日当たりが良いのもあるのだろうか、柔らかく差し込むオレンジ色の夕日の光の中で、お爺さんの頭が舟をこいでいる。
それだけならば問題は全くないのだが、頭がうつらうつらと揺れ動くたび、手に持った本が揺れ、コーヒーカップに当たりそうになっているのだ。
このままでは、コーヒーがこぼれてしまう。
「お客様」
ちょうど同じ場面を見ていたのか、俺が動くよりも素早く観月さんが現れ、そっとお爺さんの耳元で遠慮がちに囁いた。
「コーヒー、危ないですよ。お気を付けください」
声をかけられ、お爺さんはびくりと肩を震わせながら頭を振った。どうやら目が覚めたらしい。そしてゆっくりコーヒーカップを持ち上げ、一口飲み込んだ。
「ああ、申し訳ない。本を読んでいるうちに眠くなってしまって」
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