パンとクローバー

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「いえいえ、すみませんこちらこそ突然お声をかけさせていただいてしまって。夏目漱石、お好きなんですか?」  そしてよろしければコーヒーのおかわりいかがですか、と微笑みながら会話をつなげる観月さんが俺に目配せをする。俺は頷いてコーヒーを淹れる準備態勢に向かう、はずだった。 「いや、好きなのは私ではなくて。……この喫茶店に花に詳しい人が居ると聞いたんだが、その人はおりますかね」  カウンターへ向かう俺の背後でそんな言葉が聞こえ、俺は思わずくるりと振り返った。話がとんでもない方向へ飛躍している。  振り返った俺の視線と、観月さんの視線が空中でバッティングする。俺が信じられない、という気持ちを込めて観月さんを眺めてみせると、彼女はにんまりとチェシャ猫のように笑った。確実に確信犯の笑みだ。 「馨くん、君にご指名よ」  全く、何をしてくれたんだこの人は。  コーヒーは私が用意するからそっちは頼んだわよ、と肩をポンと叩かれた。向こう側では、お爺さんが意外なものを見るような目つきでこちらを伺っている。俺はこれ見よがしに観月さんだけに見えるようにため息をついてみせた。 「……あとできっちり、説明してもらいますからね」 俺の言葉に観月さんはおどけて「おおこわ」と言いながら、足取り軽くカウンターの方へ向かって行った。
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