パンとクローバー

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 今日の彼女は上機嫌でよく喋る。そのくるくる変わる表情になんだか水を差したくなくて、俺は彼女が言う通り、敬語を使わないことに決めた。何がそんなに嬉しいのかは、よく分からないけど。 「そんなに喜んでくれると、淹れる甲斐があるわあ」  観月さんが嬉しそうに腰に手を当てる。 「本当に美味い、ここのコーヒーは。それにこのパンも」  お爺さんがクロックムッシュを一切れほおばって目を細める。そうだ、折角出来立てのクロックムッシュがあるのに手を付けられていない。 「そう言っていただけて嬉しいです。実はクロックムッシュが一番、パンの調理方法の中で美味しいと思ってるんです」  ゆっくりしていってくださいね、と微笑みを残して観月さんが他の接客に回る。その姿を見送って、俺もクロックムッシュにナイフを入れた。    熱々のチーズに覆われたふわふわの食パンはナイフをすっと通す。表面がこんがり焼けているから、サクサクと音を立てながら一切れ切り離すと、チーズがとろりと線を引き、中からハムとホワイトソース、チーズが顔を覗かせた。それを一口食べると、チーズとハム、ホワイトソース、パンの甘みが香ばしさを伴って口の中に味わいを広げる。  確かに「一番美味しい食べ方」と言っても過言ではない。
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