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「でもねえ、クロックムッシュ作るとき不安だったなんて意外だったわ。だって馨くん、いつも何とかできるじゃない。『小麦の花言葉は財産です、無駄になることなんてありませんよ』とか言って、失敗もミラクルに変えちゃうし」
店じまいの準備をしながら、観月さんが言う。俺はよく覚えてるもんだと苦笑した。
「観月さんの作ったものが美味しすぎて不安なんですよ。これちゃんと再現できるかなーって」
「大丈夫、私も最初そうだったわ」
最初。そういえば、観月さんはこの喫茶店をいつ始めたのだろう。いや、もしかしたら前に誰か――。考え始めて、俺は頭を振った。考えても意味はない。観月さんが店長で、俺はここのバイトができる。それだけで十分だ。
そう思いながら、先ほどまでのやりとりを俺は反芻してみた。
「あ」
「どうしたの」
「小麦の花言葉、もう一つ思い出しました」
「なんでこのタイミング?」
いいわよ言ってごらんなさいな、と観月さんが嬉しそうにコップを洗う。
「いや、さっき奥さんが言ってて。ほら、クロックムッシュ食べに来ようって約束が希望になったって話」
「してたわね」
「『希望』なんですよ、小麦の花言葉」
「……あら」
じゃあ今回のはまさにぴったりだったのね――。そう言って彼女は静かに笑う。その佇まいと、後ろにかかる『Let’s take a break.』の文字が、彼女にぴったりな気がした。
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