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三つ葉とコーヒー
日高先輩のミスコン騒動も終わってしばらく、俺の周りには平穏が戻ってきた。
カメラマンとして割く時間もなくなったわけだから、いつも通りに自分のペースでカフェ・メープルへバイトしに行く日常に戻る。先輩へのボランティアも経験として貴重は貴重で別に嫌だったわけじゃないが、いつものあの喫茶店の日常に集中できることに俺はほっとしていた。
そして、変わったことがひとつ。
「こんにちは、馨さん」
ココネさんはノートを眺めるのをやめて、オーダーを取りに行くと俺が口を開くよりも早く、俺に話しかけてくるようになった。
俺は未だに、ココネさんのことをよく掴めていない。これだけ常連なのに、全く分からないのだ。
俺なんか眼中にないくらい、素っ気ない態度――まあ店員と客なのだから自然かもしれない――である時もあるかと思えば、クローバー探しの時のように屈託なく笑顔を見せることもある。
俺は未だに、この子のことがよく分からない。そして分からなくなるたびに、なんだか胸にモヤモヤとした灰色の綿飴がつっかえているような、妙な気持ちになって困る。
「どうも、こんにちは」
そんなもやもやを押し込めて、俺は彼女の挨拶に返事をする。
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