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目を覚ました……と思った。少なくとも目を覚ましたような感覚が私にはあった。けれど、目の前……いや、目の前ですらないのかもしれないけれど、私には暗闇しか見えなかった。もしかすると見えてすらいないのかもしれなかった。
身体中の感覚に違和感を覚えた。宙に浮いているような気がした。
──あなた聞こえる?
耳に少し震える、柔らかい女性的な声が入ったように感じた。けれどやはり違和感はある。
──落ち着いて聞いて
躊躇うような声音が頭に綺麗に響いた。
──あなたは今、酷い違和感に襲われていると思う。なぜ目が見えないのか、声だけ聞こえているのか……。記憶を遡ってみて
私は一番、新鮮で鮮明な記憶を掘り起こす。
銀色に輝く刃が私の周りを蝶のように舞っていた。
私はインテリアが多く、中央に大きなベッドのある広い部屋の奥に追い詰められ、目の前に立つ犯人を見遣る。顔は影に黒塗られ分からない。犯人の背後にある入口は放たれており、その先に延びる廊下に幾つかドアが見えた。犯人は近くにあるテーブルを私から目を離さずに蹴り上げ、威嚇した。上にのっていた短くなった鉛筆が転げ回り、小気味良い音を立てる。
「……助けてくれ、頼む」
私は恐怖で震える中、声を絞り出していた。
そうだ。私は思い出した。
──あなたの体は……もう使い物にならないぐらいに……痛め付けられていたの……。けれど脳は全く傷を負っていなかった……。今のあなたは、脳だけの存在なのよ
特に驚きはなかった。驚くような気概も残っていなかった。私にはどうしようもないことなのだということだけはすぐに理解することができた。
──口を動かして、声を出す動作をイメージして。そうすれば、あなたも声を出すことができるはず
とりあえずは、この状況を早く理解しなくてはならない。こちらからの発信ができなくては文字通り話にならない。イメージする、喉や声帯そして口を。
──あーあー、聞こえる? 君は誰なんだい?
意外にもすんなりと声を出すことができた。直接脳に響くような声が出た。
──私は……
彼女は少し先をいい淀んだ。
──私は研究者よ。簡単にいうと人間の生体機能とかを調べているの。あなたにも協力してもらうわ
どうやら私は命を助けてもらう代わりに研究に協力しないといけないらしい。
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