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闇 2
その日から、よく分からない研究に毎日付き合わされた。暗闇に生きる私にとって、唯一規則性を持った日課だった。
私には太陽も昇らなければ、腹が空くこともない。疲れて眠くなったりはするが、体を動かすことがないので長い眠りは訪れない。研究だけが、長い時を過ごす今の私にできることだった。
研究員は何人かいた。けれど、最初に語りかけてくれた彼女のことは特別に思った。暗闇でひとりぼっちだった私を、あの柔らかく包容力のある声で救い上げてくれたのだ。その声はなんだか懐かしく、記憶の奥底を心地よく撫でられるような気がした。
──ヨシオさん、時間ですよ
女性の声だったが、それは私を救い上げてくれた彼女のものではなく、違う女性研究者の声だった。
──では、昨日の続きから始めますね
彼女たちはいわゆる「心」の研究をしているらしかった。以前聞いたとき、私が理解できるようにずいぶんと噛み砕いて教えてくれた、それを要約すると、人間の心の状態についての研究ということになるのだった。様々な心理状態における脳波の研究だのなんだのといっていた。
──それにしてもヨシオさんはいつも精神状態が安定していますね、お陰で私たちの研究も捗ります
──私のような状態の方は他にもいるんでしょ?
彼女たちの研究は脳の微細な動きを観測しないといけないので、私のような状態の、被験者が必要らしかった。
──ええ、そうなんですが、皆さん、こういう状態になる時にそれなりの事故とかにあってますから……、ヨシオさんのように精神が安定している方は少ないのです。それに皆さん研究が長期間になると……
そんなものかもしれない。私だって正直、トラウマになってもおかしくないほどの事件にあったのだ。刃物で殺されるなんて誰だって嫌だろう。
けれど、私が今こうして安定した心を持つことができているのは自分に失うものがなかったことが大きい。ほとんどの人は親がいたり、子供がいたり、恋人がいたりと、守りたいもの、失いたくないものがたくさんあるのだろう。私は既に両親を亡くしているし、独り暮らしだった。
──私には失うようなものが……
ない、と断言できるはずだった。けれどそれはいってはいけない気がした。いってしまったら本当に何かがなくなってしまうような気がした。
──いえ、なんでもありません
私は力なくいった。
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